世紀も21世紀となり、時は進んでいるにも関わらず、最近では人の命の有りがたさ、重さを無視するかの如く誠に悲しい犯罪が増え続けております。親から頂いた「尊い命」この命は親から御先祖様、御先祖様から神様へとたどれば長い月日をかけて今のご自身へと引き継がれてきました。この尊い命を頂いた親、御先祖様、御親大神様を感謝し、今日を生かされている事を有り難く思い、御先祖様に恥じない心をお持ちになり、生活をお送りになってください。
「 教会の生い立ちなど 」
1959年(昭和34年)東京都荒川区の日暮里を所在地とし、大國甲子講社(おおくにきのえねこうしゃ)として故薄井肇(前教会長)により出雲大社教の布教活動を始めました。
1962年(昭和37年)御分霊を授かり出雲大社東京甲子子教会(いずもたいしゃとうきょうきのえねしきょうかい)へと昇格し、
1969年(昭和44年)出雲大社東京甲子教会(いずもたいしゃとうきょうきのえねしきょうかい)となりました。
1973年(昭和48年)栃木県黒磯市にて「出雲会館」なる結婚式場を作り様々な御縁を結び広げて参りました。
1979年(昭和54年)栃木県黒磯市「出雲会館」閉館。神奈川県横須賀市、そして横浜市へと移りまして、現在に至ります。

 私は生まれた時から、神様の存在が当たり前の家で育ちました。
祖父は熱心な出雲大社教布教師でしたので、当時は色んな方々が我が家を訪ねて来られました。
結婚式はもとより、御祈願される方、お祓いを受ける方、あるいは教会のお手伝いをされていた方、また他の教会講社の布教師の方々などです。
そんな皆さんの姿を見ておりましたので、神様はありがたいというより、神様はいらっしゃるのが当たり前、また私には少々怖い存在だったように思います。

 祖父らの布教活動の主な方法は授布という方法で、出雲大社の御札(玉串)を持って一軒一軒家をまわります。
祖父だけでなく、当時の多くの出雲大社教布教師の方々は、雨の日も雪の日も御札を持って家々を回っておりました。
 昔は今よりも神様への想いが深く尊い御気持ちを持たれている方が多かったのでしょう、多い時は一日200もの玉串を授布したり、出雲大社教の信仰者が町ぐるみの場合もありました。
今でも授布を行っている出雲大社教布教師の方々はいらっしゃると思いますが、現在では様々な宗教が世に出回り、すがるべき神様が増えた分、昔からの神様信仰が衰えているように思えます。
環境が複雑になり、人の心も複雑になり、色々なものが複雑になった分、心の支えとなるものが増えてしまうのは仕方のない事なのかもしれません。


1997年(平成8年4月12日)前教会長故薄井肇が帰幽いたしまして、
2002年(平成13年)私、中西利彦が後を継ぐため教会長代理として日々勉強に励んでおります。
当家でお奉りしてあります龍蛇神は、1962年(昭和37年)・1968年(昭和43年)に授かったのもです。


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